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Patricia Field パトリシア・フィールド

Patricia Field パトリシア・フィールド

1942年ニューヨーク市生まれ。ファッションデザイナー・スタイリスト。1995年の『マイアミ・ラプソディー』の撮影時にサラ・ジェシカ・パーカーに出会い、3年後にパーカー主演のテレビドラマシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』の衣裳を担当し、2002年にはエミー賞を受賞。ニューヨークを舞台にした映画『プラダを着た悪魔』でもその衣裳が高い評価を受け、2007年のアカデミー賞で衣裳デザイン賞にノミネートされる。2008年にはヘアケアブランド「ヴィダルサスーン」にて安室奈美恵、オーランド・ピタとコラボレーション。また、同年12月には、アメリカン・エキスプレスとのコラボレーションにより、スタイリング・アイデアを表現する世界初のファッションショーが東京で行われた。
キース・ヘリングとは彼がニューヨークに来た当初から深い親交があり、1983年にはニューヨークの 8th Street にあったパトリシア・フィールドのショップで、キースがペイントしたTシャツが初めて発売された。2010年はキース・ヘリング没後20周年を記念し“K.Haring BY HOUSE OF Field”が展開されている。同年1月に中村キース・ヘリング美術館を訪れたパトリシアは、当美術館を『まるで天国( Heaven )のようだ』と語った。

Patricia Fieldオフィシャルサイト
http://www.patriciafield.com/

Jacques De Mélo ジャック・デ・メロ

Jacques De Mélo ジャック・デ・メロ

フランス生まれ。写真家。1983年よりニューヨークを拠点に制作活動を続ける。移民やマイノリティーをライフ・ワークとして長年にわたり撮り続けている。ニューヨークやフランスを中心に個展やグループ展を多数開催。中村キース・ヘリング美術館では、2008年にクリエイティブ・ディレクターとして音・詩・踊りによるサウンドパフォーマンス『Ecouté』をプロデュース。2010年2月にはニューヨーク・チェルシーにオープンした Studio303 にて当美術館の独特な建築と八ヶ岳の自然を感覚的な作品を通して紹介した写真展を開催。ミュージアムショップでは ポストカードセット も販売中。

MAYA MAXX マヤマックス

MAYA MAXX マヤマックス

1961年愛知県うまれ。画家。93年に初の個展『 COMING AND GOING 』を行い、MAYA MAXXとしての活動をスタート。99年にラフォーレミュージアムでの個展では、1万人以上の動員。以後、サルや木々をモチーフにしたモノクロームの表現へと展開。次第に抽象性の高い画面へと転換するなど、そのスタイルをさまざまに変化させている。2008年には活動の拠点をニューヨークに移し、新たな一歩を踏み出した。2008年、2009年にはキース・ヘリングに捧げるべく、中村キース・ヘリング美術館のオープニングイベントで、ライブペインティング、そして子どもたちとのワークショップを開催。

雑誌『 みづゑ 』の連載『 MAYA MAXXのふるえるほど好き 』をきっかけに発売された単行本『 絵が「ふるえるほど好き」になるーMAYA MAXXのロシアの名画と旅ガイド』( 美術出版社 ) や、イラストを手掛けた絵本『 しろねこしろちゃん 』『 ちゅっちゅっ 』『 らっこちゃん 』 ( 福音館書店 ) など書籍も多数出版.。テレビCMやNHK『 真剣十代しゃべり場 』や『 ポンキッキーズ」などテレビ出演まで幅広く活動をしている。

MAYA MAXX オフィシャルサイト
http://www.mayamaxx.com/

近藤等則 Toshinori Kondo

近藤等則 Toshinori Kondo

1948年12月15日瀬戸内海に面した、愛媛県今治市波止浜に、鍛治屋の長男として生まれる。中学校一年生でブラスバンドでトランペットを吹き始める。京都大学でジャズに傾倒。1972年4月、フリージャズのミュージシャンを目指して上京。1978年9月ニューヨークのローワー・イーストサイドに移り住み、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、ミシャ・メンゲルバーグなどヨーロッパのフリー・インプロビゼーション系のミュージシャンとも多くツアー。1983年にはハービー・ハンコックのCD『 サウンド・システム 』のレコーディングに参加。ニューヨーク・ヒップホップ創成期のプロデューサーであるビル・ラズウェルに影響を受け、ドラムマシンを購入し、デジタル・ミュージックに目覚め、トランペットのエレクトリック化を始める。

1984年東京に戻り、東京から世界へ向けて発信する日本人バンドIMAを結成。映画、テレビ、CMなどのメディアに頻繁に出演するだけでなく、音楽も提供。1993年12月突然東京での活動を打ち切り、アムステルダムに拠点を移し、『 地球を吹く 』をイスラエルのネゲブ砂漠を皮切りに開始。ペルーのアンデス、沖縄、ラダック・ヒマラヤ、アラスカ・マッキンレー山、熊野など、大自然の中でエレクトリック・トランペットを吹く。同時期にDJクラッシュ、DJディスク、DJグラツホッパ、DJサブマージド、DJヤマ、DJタカダといった異なるジャンルのDJたちとコラボレーションをする。2000年富士山の清掃を呼びかける「マウント・フジ・エイジド2000」をプロデュース。2001年ダライ・ラマ14世が提唱する『 世界聖なる音楽祭:広島2001 』をプロデュース。

2003年CD『The 吉原』がレコード大賞企画賞受賞。2005年夏から黒田征太郎、安藤忠雄、アラーキーと「PIKADON PROJECT」を開始。2007年夏から日本の四季を吹く『地球を吹くin Japan 』を始める。2008年秋そのCDがリリース。著者『 いのちは即興だ 』(池湧社)が出版される。また、キース・ヘリング生誕50周年を記念し、中村キース・ヘリング美術館より CD『 GOING PLACES … FOR KEITH 』がリリースされた。

中村道生 Nakamura Michio

中村道生 Nakamura Michio

1967年生まれ。DJ・プロデューサー・タレント。広島でクラブDJやFMラジオ・TVの音楽番組パーソナリティーで活躍後上京。1998年、アコーディオン奏者Coba が音楽監督を務めたミュージカル「BLUE ANGEL」に日本のミュージカルでは初の試みとなるDJ出演で、各方面で評価を得る。同年、東京スカパラダイスオーケストラにオフィシャルDJとして加入。 共同プロデュースによるレーコードレーベル『 JASTARECORD 』ジャスタレコードを設立。2003年には奥田民生の広島市民球場での挙行する弾き語りライブの映画化を企画、海外ロックアーティストの来日ツアーTシャツ専門の販売サイトROCKTEES.JPをプロデュースするなど、多岐に渡り活動。

現在は、六本木ヒルズHEARTLAND、NYイーストヴィレッジのライブレストラン dromのBar運営と音楽のエンターテイメントをコンセプトにプロデュース。 2008年には六本木HEARLANDリニューアルオープン記念展覧会
『 HEARTLAND × Nakamura Keith Haring Collection 』を企画、2009年には中村キース・ヘリング美術館オープニングイベントMayaMaxx ライブペインティングにて、DJ 中村道生としてコラボレーションを果たす。